杉本秀太郎と井沢義雄

杉本秀太郎「火用心」(編集工房ノア)の「富士の裾野」より。
 「井沢義雄という人と知り合って程なく、訪ねてきたこの人と洋間でしばし対座してのち、繁華な街巷に同行することになって家の前を離れたとき、七、八歳年長、播州の産、東大仏文卒、神戸大学のフランス語教師のこの人がうそぶいた。
ー杉本君、こんな家は売り払って、その金でプルーストを研究しなさいよ。
 このとき私の心の闇を切り裂いて走り抜けた軽蔑の稲妻を、私はついに忘れることができなかった。「おろかな鳩は、真空中ならもっとよくとべると思うだろう」(カント)。アランが引用していたので、この哲学者の素晴らしい言葉を私は承知していた。石川淳に倣ってアランをよく読んでいるくせに、この人は何を言い出すのか。論語よみの論語しらずじゃないか。
 のちに富士さんとおしゃべりしていて話題が「くろおべす」同人のだれかれに及んだとき。
ー井沢かい?オリンピックみたいなやっちゃ。」
 近々、またオリンピックが始まるが「オリンピックみたいなヤツ」は増えるのかどうか。