イスラムのエロス

 偶像崇拝禁止でビデオや映像を抑圧するのはわからぬでもない。女性の「顔」を隠し、エロスを抑圧するのも個人の心の安定や社会的な関係づくりから必要だ、というのも想像できる範囲である。
 そういうイスラム原理主義的世界があるからこそ女性のエロスに「偶像」を通して大量に親しんでいる私たちは何なのか、という問いかけも出てくる。欲望するとはどういうことなのか、統御できる範囲でもそれは悪なのか、欲望が世界史を「進歩」させてきたのではないのか。私が望むことの実現はそれほど悪なのか。あなたたちも何かを欲望しているのではないか。何を望んでいるのか。正義か、美か、永遠か、真理か。