ウイットゲンシュタインと音楽

野家啓一ウィットゲンシュタインと自殺」KAWADE道の手帳
(初出「大航海」1999年12月号)

 この時期、ウィットゲンシュタインは教員になるためにクラリネットを習い
始めている。あるいはこの「音楽療法」が彼に自殺の誘惑を断ち切らさせた
のかもしれない。それというのも、スタイナーが「ウィトゲンシュタインは、
ブラームスの『弦楽氏重奏第三番』の緩余楽章が彼を一度ならず自殺の淵から
引き戻したと書いているが、これはいささか大胆な推理を働かせたものと言える
だろう」(『G.スタイナー自伝』)と延べ、音楽のもつ「超ー物理的(メター
フィジカル)』な性格に言及しているからである。

ウィトゲンシュタインのどこでの発言か、いまのところ不明。
フラームスのこの曲の第二楽章Andanteヘ長調)を聞いてみたが、特にこの
憂愁に満ちた哲学者をこの世に引き戻す力に満ちたものとも思えなかった。
スタイナーが「いささか大胆な推理を働かせたもの」といっているのはこの
曲の性格を鑑みていっているのか、そこも曖昧である。
ブラームス室内楽でもさらにぞっとさせるような曲は他にいくらでもあるのに
何故ウィトゲンシュタイはこの曲にこだわったのだろうか。